フライフィッシング四方山話#5 クマとどう向き合うか – 基本編
少年時代からボーイスカウト、山岳部、森林活動、釣り、ハンティング、キャンプ、カヌーなどの活動を通してクマという生物に対してある程度の理解があると思っていた私ですが、気候変動のインパクトがじわじわと効いてきた中でクマたちが住む森の状況も大きな影響を受け、新型コロナウイルスによる人間の活動の縮小によって、クマたちの活動域の拡大が北海道・本州でも一気に広がり、過去最大のヒト・クマ一触即発状態となるなど夢にも思いませんでした。
そして2020年7月に北海道でフライフィッシングをしている最中で、これまでのようにフンを見たり匂いや物音などの気配を感じるだけでなく、農場や車が行き交う橋からそう離れていない川岸へゆったりと現れた巨大ヒグマ・・・。長野や宮城でのツキノワグマやニューヨーク州やバーモント州でのアメリカクロクマとの遭遇はありましたが、ヒグマは生まれて初めてでした。
これまでのクマに関する予備知識を使い、出会わないようなルートプランで避けたり、向こうに気づかせて避けてもらっているはずの私なのに、予期しない場所へ向こうから出てきた・・・。これまでの遭遇と明らかに違うのは、ここは本来クマが日々生活している「生息域」ではなく、あくまでも「活動域」のはず。これまでの私の理解では、活動域では人間と出会うことを避けてすぐに逃げていくだろうと考えていました。
しかし、この大きなオスのクマは人間がそこにいることを察知しても一切慌てることなく、かといって威嚇してくることもなく、十分に観察の時間を与えてくれただけでなく、最後は私の顔を見ながら目と目が合ってじーっと見つめてきただけ・・・。もちろんこれだけの大きさに成長できるクマですから、無意味な攻撃などすることは無いのですが、彼から立ち去る素振りは一切なく、私が先に立ち去ることに。完全に人間と対等な存在であることを示していました。
フライフィッシングをしている最中に出会う様々な生物の中でも最大のインパクトであろうクマ。今回の四方山話では基本的な理解を深めつつ、どうすれば安全に釣りができるかを、活動域にフォーカスした前半・生息域をテーマにした後半に分けて伝えられればと思います。
- 1. ベアカントリーである日本:ヒグマは1道、ツキノワグマは33都府県に生息
- 2. クマの生息域と活動域の違い
- 3. 結論:クマたちにその気があれば簡単に生息域と活動域の境を越えられる
- 4. 活動域が広がる理由1:繁殖期のオスグマと育児中の母グマ
- 5. 活動域が広がる理由2:サケマスの遡上に合わせて川原や海岸へ活動を広げてくる
- 6. 活動域が広がる理由3:初夏から晩夏にかけて農地のあるゾーンへ活動を広げてくる
- 7. 活動域が広がる理由4:秋のブナとミズナラの実の凶作・食糧難で難民となってやってくる
- 8. 活動域が広がる理由5:増えすぎたシカを食べることで肉食化が進み、肉を食べにやってくる
- 9. 活動域が広がる理由6:無計画な箱罠がクマを「匂いの道」へ呼び寄せることもある
- 10. まとめと続き
- 11. 参考資料
- 12. この記事のディスカッションに参加する | Join the Discussion
ベアカントリーである日本:ヒグマは1道、ツキノワグマは33都府県に生息
平和な日本ですが、この国にも北海道にはヒグマ、本州と四国にはツキノワグマという立派な大型の野生動物がいます。国土の70%が山地である日本では、有史以来、限られた平野において人間が生息域を広げていくにしたがって、ウマやイヌのような人間と共存できる動物とクマやオオカミのような競合する動物に分かれていきました。後者は人間によって排除対象とされてきましたが、群れで生活するオオカミは完全に排除され、雑食かつ単独で生活するクマは山奥へ生息&活動を移すことで絶滅を逃れバランスを保ってきたのです。
しかし本来はヒトと食べ物が似ているクマは平野の森林の生物です。さらに知能・嗅覚も飼い犬以上であるだけでなく、木登りや壁を乗り越えることも朝飯前ならば、1日で20km移動することもある体力の持ち主。山岳地帯や森林地帯と隣接する地域では、機会さえあれば簡単に押し出してくることができます。そのような場所がある所はクマ生息地、すなわち「ベアカントリー」であるという大前提を理解してください。
クマの生息域と活動域の違い
私が遭遇した根室地方北東部を例にとると、大きく海へ突き出した知床半島とそれに連なる山地・丘陵地が「ヒグマの国」と呼んでもいいような日本最大のクマ密集生息地になっています。地形だけを見るとヒグマが生息する山と人私が遭遇した平野・台地の間には大きな移動が必要なように見えます。
そしてこれを知床財団が長年のヒグマ行動調査に基づいて設定したゾーニングに当てはめてみると、私が釣りをしていた場所は本来の生息域であるゾーン1やゾーン2ではなく、活動域のゾーン3であり、人が密集して生活するゾーン4との緩衝地帯になっていることが分かります。
ゾーン区分 | 北海道・知床財団ゾーン定義 | 環境省ゾーン定義 |
---|---|---|
ゾーン1 | 全域が遺産地域で定住者は存在しない。 | コア生息地 ・鳥獣保護区や奥山、山地地域 ・生息環境が担保出来る森林 地域 |
ゾーン2 | 定住者が少数存在するか、 少数の漁業番屋がある遺産地域 | 緩衝地帯 ・コア生息地と防除地域、排除 地域の間の地域 |
ゾーン3 | 定住者が少数存在するか、 小規模な集落が存在する隣接地域。 農業や漁業等の経済活動が行われている。 | 防除地域 ・農耕地 ・施業林地 ・河畔林 |
ゾーン4 | 隣接地域の市街地とその周辺。 | 排除地域 ・市街地 ・集落地域 |
結論:クマたちにその気があれば簡単に生息域と活動域の境を越えられる
なぜこんなに広い地域でヒトが活動しているゾーン3の中を、まるで生息域かのようにクマが日中堂々と行動できるのかというと、生息域である山岳地帯からは川が平野へ向かって流れ出していて、河畔には必ず何かしらの森=「河畔林」が形成されているため姿を隠したまま大きく移動できる「森林のベルト」となっています。またヒトが活動する平野といっても農地や牧草地という人の気配の少ない土地が多いだけでなく、利用されずに自然へ戻っている土地も少なく無いため、ヒトからのプレッシャーを感じることがありません。夜行性のクマに至っては、存在を感知されることもほとんどないでしょう。
これが生息域と活動域が密接している知床半島や大雪山系、日本アルプス隣接地帯や東北の山地などの山あいのエリアであれば、そんな手間さえかけずに出てくることができます。
活動域が広がる理由1:繁殖期のオスグマと育児中の母グマ
冬眠中に出産する母グマは、春になると子グマを連れて餌を求めながら少しずつオスグマが近くにいない子育てゾーンへ移動していきます。これは繁殖期になったオスグマは相手を問わずメスグマを求めるようになり、母グマと出会った時には相手を発情させるために、子グマを殺して食べてしまう習性を持っているからです。
オスグマを避ける行動を取る間に相手との間に緩衝帯を作ろうと人里や高速道路などの向こう側へ行こうとするので、ゾーン3は当たり前、場合によってはゾーン4まで入って来てしまいます。特に子グマ時代に人間界の側で暮らしていた母グマは、人里のプレッシャーを積極的に利用して子育てすることもあります。
母グマは本能的に子グマに接近するものへ威嚇行動、それでも済まない時はパニックになって攻撃してくることもあります。
そして繁殖期のオスグマもメスグマのフェロモンを追ってやってきます。
活動域が広がる理由2:サケマスの遡上に合わせて川原や海岸へ活動を広げてくる
7月にサクラマス、8−9月にカラフトマス 、10−11月にサケ(アキアジ)が遡上してくると、それらを狙ってヒグマは川沿いにやってきます。もしクマが餌場として執着している場所の場合、「ライバル」とみなされれば排除行動を取ってきますし、「格下」とみなされれば食糧を横取りに来る場合もあります。
私が標津で遭遇したのはこのパターンでしたが、アラスカやカムチャッカなどでもよくあるパターンだそうです。
活動域が広がる理由3:初夏から晩夏にかけて農地のあるゾーンへ活動を広げてくる
雑食であるクマの場合、牧草や飼料用を含むコーン全般、露地栽培の野菜、それらを捨てて作る堆肥などへ釣られて農地のあるゾーンへ活動域を広げてきます。特に夏は森には食べるものが少なくなるので本来は緩衝地帯になっているゾーン2が生息域となってくるので、頻繁にゾーン3まで入ってきます。これも私の標津の遭遇パターンと重なります。
活動域が広がる理由4:秋のブナとミズナラの実の凶作・食糧難で難民となってやってくる
ブナやミズナラといった紅葉樹はクマの好物であるどんぐりなどの木の実をつけますが、本来シカなど他の生物が餌としない木の実が凶作となると生息域での序列が崩れるため、競争を排除する戦いや挙げ句の果てには共食いが起こったり、食糧を求めて活動域を広げてきます。水が豊富な場所には栗や柿などの木の実が結実する種類の木が多く生えていることもあり、川沿いに移動して餌場を広げたり、川をアクセスルートとして放棄された農地に果樹があればそれを、農地に農作物があればそれらを狙って進入してきます。
困ったことに本来の活動域ならばクマは執着しないので追い払えるのですが、餌場となってしまった場合は「敵」とみなしたものは他のクマであれヒトであれお構いなしに排除しようとして、クマ同士の戦いと同じく相手の顔面を攻撃しようとしますので、最も被害がひどくなることとなります。
活動域が広がる理由5:増えすぎたシカを食べることで肉食化が進み、肉を食べにやってくる
近年増えすぎたシカが問題になっていますが、ハンターの中には駆除はするけど持っていけない死骸を現場で解体して内臓だけ捨てていったり、そのまま放置することもあります。これが生息域に近い場所だけならまだしも、行動域の中でしかも車を駐車した林道のそばなどのケースもあったりすると、クマが屍肉へ餌付けされてしまうことで食生活に変化が出てきます。
またヒトが運転する自動車によって轢かれたシカなどの野生動物の死骸もクマにとっては食糧です。元々が肉食獣としての体の作りを持っていてシカを狩ることもある動物ですから、さらに大胆になると簡単に手に入る獲物である牛や豚といった家畜を狙いにくることもあります。中にはエリアへ侵入するための邪魔者排除と食糧確保を兼ねて、民家に飼われている犬を狙うクマもいます。
ただしよく言われるのは、家畜を襲うようなクマは頭が非常に良くて、ハンターに追跡されないためにヒトは襲わないとされています。またハンターが活動できない夜に移動していたり、人間には歩きづらい沢筋や藪、湿地帯を使って大胆に移動してきます。
活動域が広がる理由6:無計画な箱罠がクマを「匂いの道」へ呼び寄せることもある
クマ専門で狙うハンターが絶滅危惧種となっている現代、クマ被害に合う自治体は対策として「箱罠」と呼ばれる設置式の罠を仕掛けてクマを生け捕りにしています。鉄製のオリの中にクマが好む餌を仕込んでおいて中へ閉じ込めるのですが、ハンターが活動できない夜でも機能するので、うまく補完しあっています。ただし、これもハンターの協力を得ずに無計画に設置を進めると無作為の通りかかっただけのクマを引き寄せてしまうだけでなく、オリに入ったクマの出す臭気やフェロモン(最大5km半径の別のクマに有効と言われています)が遠くのクマまで呼んでしまうリスクを抱えています。
クマに限らず広く探索行動をとる野生動物は嗅覚が非常に鋭敏で、好奇心も旺盛です。人間には感じることができない「匂いの道」を辿ってやってくるので、仮にクマが通りかからなかったとしても、タヌキなどが通りかかればそこには匂いの道ができてしまうので、いつかはそこを辿ってやってきます。
まとめと続き
この記事を書き始めた2020年8月から、リサーチを重ねる中で、東北と北陸では被害者まで出るほどの「クマ荒れ」が起こる状況になってしまいました。本当はシンプルな「対策方法」を書くつもりだったのですが、クマに対する間違った認識を広めることを避けたかったので、まずはクマという野生動物に対する基本的な理解を深めるための導入として書くことにしました。
クマを理解して対策しておくことで無闇に恐れる必要もなく、クマを知ることで無用なトラブルを回避することができます。
改めてパート2では「釣りの時にできる対策」方法を具体的に紹介しようと思います。
参考資料
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