ヤマメ・サクラマスの仲間たち(アマゴ・サツキマス、ビワマス、タイワンマス)
和名: ヤマメもしくはサクラマス
英名:Cherry Salmon
学名:Oncorhynchus masou (Brevoort, 1856)
日本のフライフィッシングにおいて、最も人気のある魚の一つが、サクラマス種の魚だと言えます。北は北海道から南は九州まで幅広く生息し、渓流に残って暮らす陸封型のヤマメやアマゴをドライフライを繊細に駆使して釣り上げる楽しみもあれば、湖に住むサクラマスやビワマス(ホンマス)の回遊コースとタナを読んで、ドライフライやウェットフライで狙ったり、サツキマス解禁河川でスイングを駆使してウエットフライで狙ったり、海岸で跳ねる魚が驚くほど大胆にストリーマーを追い回したり・・・同じ魚種で様々な狙い方ができる点、ゲーム性も非常に高いターゲットと言えます。
サクラマスの生態
ニジマスと同じ太古の先祖から枝分かれして、より南の環境へ適応してきたサクラマス。川の最上流で秋に産卵しますが、卵から孵った稚魚は1-2年ほど川で成長すると、降海型のDNAを持つ群は海水が冷たい早春に海へ降ります。黒潮の影響を受けない海水温が低い地域では、餌が豊富な海域へ大回遊、そうでない地域では沿岸に止まったまま1年過ごして春-夏に回帰します。川に残った魚は稚魚の時の斑紋(パーマークと呼ばれる)を残したまま成熟して「ヤマメ」となり、ヤマメ同士もしくは海から戻ってきたサクラマスと交配して次の世代を残します。
海へ出る前に生存に適した湖があったり、十分に餌のある広い汽水域があったり、ダムなどの障害物や水温の高すぎる流域がある場合、海へ出ることなく成熟し、降湖型のランドロック・サクラマスとなったり、河川に居残る「戻りヤマメ」となります。
一つの河川の流域を幅広く利用して繁殖する種のため、北海道では内水面におけるサクラマスの採捕が全面禁止(2022年ルールより明確化)されており、ヤマメにも禁漁期間が設定されています。本州でも一般河川におけるサクラマスの採捕は禁止、湖や一部の漁協管理河川では禁漁期間が設定されていますので注意が必要です。
ヤマメ – 河川残留型サクラマス
虹色の側線、濃紺色の斑紋の上にルビーのようにきらめく側線が美しいため、「渓流の宝石」とも呼ばれるヤマメ。最大25-35cmほどに成長しますが、流れの速い川の水面を飛び交う昆虫を主に捕食していることや、鳥や陸上からのプレッシャーにさらされているため、遊泳力と動体視力が非常に発達しており、ドライフライが水面へ落ちる前に飛びついてきたり、林道から人が顔を出すだけで白泡や岩の下へ矢のような速さで隠れてしまったり、大胆さと臆病さを兼ね備えた魚です。魚を驚かさないアプローチと、フライが空中へあるタイミングから意識したフライ選択とプレゼンテーションが求められます。
銀毛ヤマメ(シラメ、ヒカリ、スモルト)
冬を越したヤマメの中で春先までに満足に餌が取れない魚は体が銀色=スモルト化します。この中からゾーニングに勝てない魚たちは下流へ降ります。下流へ大きな湖があれば湖沼型のサクラマス、海があれば降海型のサクラマスとなりますが、人間が作った堰堤やダムがあるため、気候変動で海水が暖かすぎたりすることも多く、サクラマスへなるのは限られた場所だけになります。
戻りヤマメ・本流ヤマメ(グリルス)
海へ下るために銀毛ヤマメになったが、何らかの理由で海へ出ず河川・汽水域に止まったため、サクラマスの特徴とヤマメの特徴の間の魚になっているものです。ヤマメよりは大きくなりますが、サクラマスよりは小さく、栄養条件によって30-45cm程度が多いと言われています。
本州では「戻りヤマメ」として認知されているのでヤマメに設定されているルールを守って釣る限り問題ありませんが、北海道では内水面のサクラマス全体が調査フィッシングなどの特別解禁以外は採捕禁止(2022年ルールより)となっている中で、下の写真のような本州では珍しくない、うっすらと斑紋が残りつつも、海水へ接触していないために口やヒレは黒くなっていない、下腹と尾びれは湖沼型サクラマスのような形状を見せているような戻りヤマメも「サクラマス」に定義されているので注意が必要です。
降海型サクラマス = シーラン・チェリーサーモン
銀毛ヤマメが川を降り、海へ出て回遊して成長する本来のサクラマスは、日本海側では福井県九頭竜川より北側、太平洋側では宮城県以北で普通に見られます。また北海道ではメスの全数とオスの大部分がサクラマスとなります。
関東地方の利根川水域などにも生息していますが、黒潮の影響を受ける地域では、適水温が残る河口周辺に留まることが多く、これらは回遊するサクラマスのように50cmを超える魚になることは滅多にありません。また、湖に陸封されているサクラマスでも、50cmを超えるとサクラマスと呼ばれます。
海で成長するサクラマスは一般的に魚食性が強くなり、小魚の群れを捕食する割合が淡水にいる同サイズの魚と比べても多くなりますが、サクラマスに限らず動体視力と遊泳力が優れている魚全般に言えることですが、ストリーマーで狙う場合、泳ぎを止めると見切られるので、リトリーブし続けることが大事になります。より小さいベイトフィッシュや、遊泳するニンフ、甲殻類を捕食している個体を狙う場合、動きとサイズの両方をマッチさせる必要があります。
降湖型サクラマス = ランドロック・チェリーサーモン
福島県の猪苗代湖やダム湖など、流入河川のみで流れ出す川を持たない湖の場合、流入河川で生まれて銀毛したヤマメが湖へ降ってランドロックとなります。亜種であるビワマスもこの部類に入りますが、一般的には60cmサイズまで生育します。
降河型サクラマス = シーマ
極東ロシアと中国東北部(旧満州)を流れオホーツク海へ流れ出す最大流程4,368kmを誇る巨大なアムール河では、あらゆるるタイプのサクラマスの中でも特に降河型と呼ばれるサクラマス、「シーマ」が生息しており、80cmクラスにまで生育しています。
ヤマメ・サクラマスの注意点
本州にはヤマメが生息する河川があり、一部ではサクラマスの状態で生息しています。ヤマメには禁漁期間が設けられており、サクラマスは漁業権のある河川・湖沼では釣る事ができますが、そうでない場合は保護対象となり採捕が禁止されています。各都道府県の「(内水面)漁業調整規則」に定められている「さけます 」の項目を確認してください。漁業権が設定されている河川・湖沼では、現地の漁協に確認してください。
例)東京都多摩川水系秋川のヤマメの場合・・・東京都漁業調整規則に基づく禁漁期間が10月1日から2月末日と定められていて、担当する秋川漁協が個別に遊漁可能期間を設定している
例)福井県九頭竜川のサクラマスの場合・・・福井県漁業調整規則に基づく禁漁期間は10月1日から1月31日と定められているが、担当漁協において漁業権指定種としてライセンスを購入して釣る事ができる
本州の漁協管理河川や湖沼のサクラマス
漁協がサクラマスの育成管理を行なっている本州の一部の河川では入漁券を購入することでサクラマスを釣ることができます。
芦ノ湖や中禅寺湖といった漁協管理湖沼では、都道府県の漁業調整規則に基づいた運営を行なっている現地の漁協のルールに従います。
北海道にはヤマメとサクラマスの両方の状態の魚が全域で生息していますが、それぞれに禁漁が設けられていますので注意が必要です。
北海道のヤマメの禁漁
ここでいうヤマメ(現地名はヤマベ)はパーマークのはっきり出た陸封型、銀毛ヤマメ、戻りヤマメが含まれますが、地域別に禁漁期間が設定されています。内水面全域となりますので、川だけでなく川と繋がる湖沼も含まれますので注意してください。
4月1日-5月31日:上川・空知・石狩・後志・檜山・渡島・胆振の内水面
5月1日-6月30日:日高・十勝・釧路・根室・オホーツク・宗谷・留萌の内水面
北海道のサクラマスの採捕禁止・禁漁
漁業権が設定されている一部を除き、北海道における全ての内水面では全面的にサクラマスが採捕禁止となっています。2022年以降のフィッシングルールで明確化され、例外とされるのは:
1)増殖に関すること(さけます増殖事業協会による捕獲)
2)調査目的(調査フィッシングに採捕従事者として登録されれば例外)
のみであると明記されました!
また、サケマス育成河川に指定されている川の河口両岸および沖合には「河口規制」が設定されており、規制エリア内のサクラマスは禁漁となります。
「採捕」が違法となるケースについて
本州であれ北海道であれ、サケマスが保護されている水域で釣りを行う行為には違法性が伴います。法的見解の部分は弁護士の先生でルアー釣りする方と話したことがあります。4つのポイントが論点でした。
- 「採捕」・・・その都道府県の水産資源管理の中で特定種が採捕禁止状態にある、すなわち禁漁
- 「故意」・・・違法性の認識および故意で行った行為であるかどうか:刑事事件の性格を持つか-
- 「原状回復」・・・都道府県および管理漁協に財産であるサケマスを破壊せずに活きた状態で戻せるか:完全なリリース
- 「公務執行への協力義務」:指摘された時の行動に問題が無いか
「そこにサケマスなどの禁漁魚種がいる事が明示されている・もしくは視認できる状態で故意に採捕を行い、資源の原状回復を行わず、その後も釣り続ける」事に犯罪性があって、その場に警察が居合わせた場合は現行犯逮捕の対象となり、もしくは聴取のための出頭要請に従う必要があります。これに従わない場合は公務執行妨害となります。
例えば同じポイントに禁漁魚種であるサケマスと漁業権の無いニジマスやアメマスが一緒にいる川の場合。
ここにサケマスが居る事がはっきりと分かっている状態で釣りを行うと「故意の採捕」であるので釣りする事そのものがアウトです。
ニジマスやアメマスを狙っていて、サケマスを釣るつもりがなくてヒットしてしまった場合、この事自体は問題ではありません。しかし途中で気づいて面倒を避けるためにラインを切って逃したりすると「原状回復の放棄」になり得ます。釣り針にひっかけたまま放置してしまうとストリンガーで保持しているのと同様な「すかり行為」と見なされ「採捕のための確保状態」と見なされて違法行為となります。むしろ、弱らせないように丁寧にランディングして完全な水中リリースを行う必要があります。
意図せず禁漁魚種を釣ったら丁寧にランディングして元気なまま水中リリース!
故意でなく釣れてしまった禁漁魚種をきちんと元気な状態でリリースするためには水に浸けたネットに一時的に魚を入れないとなりませんが、この状態は現状回復のための必要処置なので採捕にはなりません。また、この時点で魚体確認のために写真を撮っても、メジャーを当てても、人を呼んで見せても問題はありませんが、この状態からネットごとであろうが、素手だろうが、少しでも水面から持ち上げて出してしまうと「確保する意思の表明」となりアウトです。
さっとランディングして、水中に漬けたままの状態で、魚が呼吸できるように流れの上流に頭を向けた状態にしつつ、それ以上魚が痛まないように速やかに針を外し、問題がないか素早く魚体確認を行い(必要であれば写真などの記録を取り)、原状回復を優先したリリースを行ってください。
リリース後は、当然「そこにサケマスがいることを認識している」ことになるので、同じポイントで釣りを続ける行為は例えキャッチ&リリースであっても「故意の行為」となりますのでアウトです。ポイントを大きく移動=遥か上流もしくは川筋を変える必要がありますのでご留意ください。
サクラマス種の魚たち
サクラマス種には3つの亜種がいます。
アマゴ/サツキマス: Red-spotted Masu-Salmon, Oncorhynchus masou ishikawae (Jordan and McGregor, 1925)
本州中部から近畿にかけての太平洋側、四国、中国地方瀬戸内海側から九州北東部に生息するサクラマスの仲間。ヤマメ・サクラマスと同じ生態ですが、独特なオレンジ色の点で判別がつきます。ヤマメ・サクラマスと同じく、陸封型はアマゴ、降海型はサツキマスと呼ばれます。氷河期の日本海は湖となっており、この中へサクラマスが閉じ込められたことで、枝分かれしたサツキマスは太平洋側で進化を遂げたと言われています。関東地方のサクラマスと同じく、海へ降るサツキマスは河口から遠くない沿岸部沖合で生活してから、半年ほどで産卵のために生まれた川へ戻ってきます。このためサクラマスほどの大きさには成長しません。
陸封の代を重ねてきたアマゴはヤマメよりも警戒心が強く、敢えて例えるならば、イワナの性質にヤマメの性質の両方を備えた魚だと言えます。同じ条件ではヤマメのように浮いていることはなく、川底に潜んだ状態から一気にフライを目掛けて浮上してきます。また、一度フライに出た魚は、針に触らずともしばらく出てきません。
ビワマス(ホンマス、キザキマス): Oncorhynchus masou rhodurus (Jordan and McGregor, 1925)
サツキマスと共通の祖先の中で淀川系統のものが琵琶湖に定着し、降海型ではなく降湖型=ランドロックとして独自の進化を遂げた亜種。幼魚はアマゴと区別がつきませんが、サツキマスがスモルトになっても朱点が残るのに対し、ビワマスは残りません。琵琶湖では滴水温の深い水深を回遊しながらコアユやヨコエビを捕食する時のみ暖かい表層へ浮上すると言われています。
河川へ遡上するビワマスや25cm以下、接岸する10-11月は採捕が禁止されているため、フライフィッシングでは通常、長野県木崎湖、栃木県中禅寺湖に移植された、それぞれキザキマス、ホンマスを狙います。
タイワンマス: Formosa Land-locked Salmon, Oncorhynchus masou formosaunus (Jordan and Oshima, 1919)
氷河期の頃は寒流が流れていた台湾まで南下していたサクラマスの祖先が、水温の上昇とともに、標高1,800mの山地へ閉じ込められて陸封された魚。台湾最大の川である大甲渓の最上流部、平均水温17度に保たれている、10kmも無い流域に、ほぼヤマメと言ってもいい生態で生息しています。
なぜ「マス」なのに海外では「サーモン」と呼ばれるのか?
海外ではサクラマスは「Cherry Salmon チェリーサーモン」と呼ばれます。科学的にマスとサケの区別は無く、日本の養魚産業との歴史が深いアメリカ・カナダ西海岸におけるトラウトとサーモンがどちらかというと淡水で生活する期間が長い魚をトラウト、すぐに海へ降る魚をサーモンと呼ぶ傾向があることを考えると、河川で2年以上過ごすサクラマスは「チェリートラウト」と呼ばれるべきかもしれません。なぜサーモンと呼ばれるかは、実はイギリスや北欧、北米東部のアトランティックサーモンが関係しています。
アトランティックサーモンはサクラマスと非常に良く似た生態を持っていて、陸封型、スモルト、降湖型、降海型と分かれて分布していますが、実はサクラマスよりも寿命が長く一度の産卵で死なずに生き残る個体も多く、淡水で過ごす期間も3-4年以上と、これまたサクラマスよりも遥かに「トラウト」のはずなのに「サーモン」と呼ばれています。ヨーロッパでは「サーモン」はアトランティックサーモン、「トラウト」はブラウントラウトを意味しますが、ブラウントラウトの降海型である魚はスモルトしても斑点が多く残っているため、わざわざ「シートラウト」と呼ばれています。この区分けは彼らが入植して建国されたアメリカへも引き継がれているので、スモルトしても「トラウト」の特徴を強く残す、ブルックトラウトやニジマス=レインボートラウトは「トラウト」、そうでないアトランティックサーモンは「サーモン」ですので、明らかに流通上の便宜で呼び分けただけと思われます。
スモルトすると斑点が消えるサクラマスは「チェリーサーモン」、残るサツキマスは「マスサーモン」と呼ばれることもあれば「マストラウト」と呼ばれることもあります。 http://www.atlanticsalmontrust.org/knowledge/salmon-and-sea-trout-recognition.html
参考文献
- Nagure of Kagoshima 47、 「クラマス類似種群 4 亜種における Cytochrome b 全域(1141 bp)解析 による 6 つの遺伝グループの生物学的特性と地理的遺伝系統 (Iwatsuki et al., 2019 の解説)」
https://journal.kagoshima-nature.org/047-002/ - 木曾克裕、2014、「二つの顔を持つ魚、サクラマス – 川に残る’山女魚’か海に降る’鱒’か。その謎にせまる」初版、成山堂書店
- 坪井潤一、2014、「SALMON 情報 No. 8 2014 年 3 月」、増養殖研究所 内水面研究部
- 藤岡康弘、1990、「ビワマス – 湖に生きるサケ -」、独立行政法人水産総合研究センター・さけますセンター
- 小林美樹 矢部浩規 村上泰啓、2006、「亜熱帯地方における台湾大甲渓に生息する タイワンマス(Oncorhynchus masou formosanum)の現況について」、国立開発法人土木研究所・寒地土研究所