フライフィッシング四方山話#6 クマとどう向き合うか – 回避ルートのプランとサインの読み取り危機への備え
前回はどれだけ「ベアカントリー」において、いかにクマという野生動物の活動域が人間の活動域と重複しうるか、ということをカバーさせていただきました。北海道や東北・長野を例にとると、すでにクマたちの方から活動域を押し込んできている最中、わざわざこちらからクマたちの生息域に出向いていいくべきなのか、とも思います。しかし、そこへ入っていかなければ釣りなどのアウトドア活動は成立しません。最強のリバーキーパーであるクマと折り合わなければパラダイスへ辿り着けません。しかし、本当に天国に送られてしまっては困るのでいかに安全に行動するかが重要です。
そこでパート2ではクマのルートや行動パターンを理解して、生息域においてどんなルート取りが遭遇しやすいのか。数々のサインを理解して、いかにお互いが出会い頭にならないような行動をとるかについてフォーカスします。
出会うとしてもどれだけ相手との距離を保った状態でいられるか、接近しすぎた時の対策を準備しておくか、という点についてはパート3でカバーします。
けものみちと匂いの道
シカでもタヌキでも何かしら森で生活する哺乳類を観察すると分かることなのですが、野生で生活する動物たちは無軌道な場所を通行することはなく、一番通りやすい所をどの動物も同じように通ってきます。山登りや山菜採りをするとたまに見かける「けものみち」などは大きなものではしっかりと踏み固められていて、ルートを間違えるような立派な物があるケースさえあります。
さらに場所によっては異なるけものみちが交差点になっていて、よく道を迷わずに正しい方向が分かるのか不思議に思うことさえあります。これには秘訣があって、自分たちで餌をとって生きていかなければならない動物たちは嗅覚が非常に発達しており、骨の構造からして異なるレベルになっています。
クマ生息地と考えられる場所で知らない間にタヌキやウサギ、カモシカなどの動物と水辺や林道・登山道で接近遭遇することがあれば、けものみちや匂い道があるわけで、そこでは当然クマとも接近遭遇することがあり得るのだ、ということを理解してください。けものみちは簡単に目で見ることができますが、匂い道は見ただけではわからないので予備知識や経験が必要になります。
またクマの足跡は手掛かりの一つですが、足がめり込みやすい泥や砂などの柔らかい地面で無い限り、あまりはっきりと残りません。
かぎ爪と強靭な体力でどんな斜面でも平気で登り降り可能
登山家が靴へ装着して使う爪がついたアイゼンという道具がありますが、山を器用に歩いていくクマを見て思いついたという説があります。日々のロッククライミングで鍛えられているクマに対して「こんな所には登ってこないだろう・降りてこないだろう」という油断は禁物です。
嗅覚へ意識を全集中している時がある・・・嗅覚式移動モード、嗅覚式探索モード
クマの脳は非常に発達していて、飼い犬以上、類人猿に匹敵するレベルと言われています。さらに嗅覚は驚異的な能力を持っており、一般的な飼い犬の嗅覚が人間の100倍と言われていますが、その中で最も嗅覚が鋭いと言われるブラッド・ハウンドは300倍。クマはブラッド・ハウンドの5〜7倍の嗅覚を持つとされるので、実に人間の2,000倍の嗅覚を備えているため、移動する時には無意識で視覚や聴覚よりも嗅覚を頼りにする「嗅覚式移動モード」になっていることが多くなります。
また、クマが積極的に何かを探す「嗅覚式探索モード」になっている時は、脳を嗅覚だけに集中活用してしまうため、それ以外の能力が著しく低下して目の前の視界はもちろん、音に対する感覚も著しく鈍くなるそうです。
これが原因でクマもヒトも茂みの中で活動する山菜採りや藪沢の渓流釣りなどは、人間の方も作業に集中しすぎて周囲に注意しないので、出会い頭のトラブルが発生しやすくなります。
また風が強い日は匂いが拡散しやすく、雨が強い日や霧の日は湿気のために鼻が効きづらくなりますので、嗅覚式移動モードのクマの気づく能力に期待できませんし、山火事や遭難にも遭いやすいので、そういう日は避けるべきです。
これもキャッツキルの外れの出来事ですが、良いサイズのニジマスを釣った川の対岸に本流から遡上してきたスティールヘッドかアトランティックサーモンの「ほっちゃれ」が打ち上がってましたが、満足して座って休憩している目の前わずか30m弱の対岸に突然ブラックベアーが出てきました。始終地面をクンクン嗅ぎながら一才私の存在に気づかず、ほっちゃれへ直行。じっくりと警戒しながら決意したのか咥えあげた瞬間に、対岸に座っている私と目が合い、悲鳴のような唸り声をあげてのけぞり、私も驚いで大声をあげて、両方がビビって逃げ去る事態へ。後で釣具を取りに戻ったら、対岸の奥の方から「ホッホッ」と息遣いが聞こえましたが、いかに集中モードと警戒モードで気づきが違うか驚きました。
うんこGoogleとマーキング
GPS搭載スマホとGoogleマップに頼らず、嗅覚移動モードをもつクマなどの動物が積極的に活用するのが自らのフン。すでにチェックした場所や帰り道に迷わないための秘策で、豪快かつ積極的にマーキングします。定番である餌場はもちろんのこと、川と川の合流、森から林道や車道に出る場所などはど真ん中に「ドーン!」、橋を利用しているクマなどは橋のど真ん中あたりに意図的に「ブーン!」と見事なフンを落としていきます。グーっと気張って、グルっと巻くから、うんこグーグル=Google(イマニー談、Google社員のみなさまスミマセン・・・)。
餌にありつけたからこそ出せるフン、そのクマの最新の活動域がわかりやすい目印です。
植物食と魚食と動物食のフンの違い
植物食のフンの場合は、十分な食料にありつけていることが多いですが、甘い香りがする場合、特定の果樹に執着している場合があります。サケマス食のフンの場合は、磯臭い香りがします。動物食のフンの場合、生き物の毛が混ざります。
毛が混ざるフンの場合、シカの残滓が近くにあったり、シカを襲って食べクマの狩場だったり、クマ同士の共食いが行われている場所であるケースが多いので、特に厳重注意して、絶対にその先へ進まないようにしてください。経験のあるハンターでさえ警戒モードに入り、場合によっては射撃準備に入るサインです。
爪痕や背こすりによるマーキング
また、木の幹で爪を掃除しながら、マーキングも行います。木登りしたところにも爪痕が残りますが、マーキングの場合ははっきりと残ります。うんこマーキングと併せて、これらがある場所は1匹ならず複数の個体の活動域となってますので「必ず来る」という認識を持ってください。
さらに他のクマがいると分かっている場所や気配を感じる場所では、相手とのテンションを上げてしまわないために、自己紹介代わりに「背こすり」と呼ばれる痒み処理とマーキングを兼ねたダンスを行います。
道路脇や林道、登山道や橋を利用する
自動車が通る道路の脇や林道、登山道などヒトが楽に歩ける場所はクマにとっても楽に歩けるので、人の気配が無い時間帯は積極的に利用します。ところが、自分より強い他のクマの匂いが残っていたり、人間の気配がある場合は道の脇の茂みの中に回避して休憩しながら隠れていることもあります。
朝早いのに何もいないなと思って注意せずにすたすた歩いていると、道からそう離れていない茂みの中で緊張したクマが「フッフッフ」と姿は見せないままで警戒音を出すことがあります。また、見通しが悪い曲がり角や尾根と尾根の隙間の地形と道が交差している場合は、移動中のクマに身を隠すゆとりが無いので出会ってしまいやすいので注意しておくポイントです。
筆者はアメリカの学生時代、キャッツキル山地でゴミ捨て場のあるキャンプ地から次の目的地へ移動する時に、誰かに餌付けされてしまったアメリカクロクマが間を空けてついてきてしまったことがあります。その時は山道ではなく、山道と並行してできていたけもの道をガサゴソ歩いていました。ヤマアラシの群れなどもいるエリアでしたので、おそらく野生動物たちが林道の人を避けるために出来上がっていたものでしょう。使われなくなった廃道だったのかもしれません。山道や林道の脇にも人間が使わない道があれば姿を隠したまま追ってこれます。
河原や河畔の森林ベルト
河畔林があって浅瀬を歩きやすく身を隠しやすい河原は餌となるフキなどが生えていることも多く、クマに学習されて通り道となる可能性があります。川へさえ出れば見通しが良いので出会い頭は避けられますが、クマと同じ川の岸にいると緊張したクマがサインを出してくることがあります。
また風の通り道となりやすく、風で木が揺れる音や大きな水音でこちらが歩く音がかき消されたり、匂いが伝わらない風下からクマがいる場所へアプローチしてしまうこともありますので、常に注意が必要です。
森林と隣接する湖畔や海岸
森林と隣接する湖畔や海岸は、同様な地形条件を持っているだけでなく、餌となる死んだ魚や打ち上げられた死骸などが見つけやすいことや、地理的に川と接続していることでクマが水を補給しながら出現しやすいエリアの一つとなっています。
川と違って、いざという時に対岸や高低差を利用して安全な距離を置いた退避がしづらく、水中しか逃げ場が無くなる人間不利な場所です。クマと同じ岸で回避行動を取ることになるリスクを意識する必要があります。
知床半島の羅臼側ではサケマスが接岸する時期に釣り人のための渡船が出ますが、ヒグマが出現した時の海岸脱出のため必ず沖合に待機しています。
沢筋や水路
水と餌の両方を補給しながら移動できる沢筋や水路といった水の通り道は、凹んでいて身を隠しやすいことと合わさって、クマに限らずあらゆる動物に通り道とされていることが多い場所です。また、落ち込みが連続する沢の場合、釣り上がる我々アングラーが「木化け岩化け」しながら静かに移動してくるとクマからは全く聞こえない状態になりやすい状態となっていますので最も注意が必要なルートです。
尾根と尾根の間や森と森の間の平たい土地
尾根から尾根へ、森から森へ、川筋から川筋へ、谷筋から谷筋へ。2つの地形の接続点かつ通過点となる平たい土地は、確実にクマの通り道になっています。自分のルートが該当するエリアへ入る時は、必ずサインを見逃さないようにします。
餌場となっている場所・・・自然界
ブナの森でどんぐりなどの実がなっている場所や、サルナシなどの果実がなっている場所など、その季節ごとのクマの主食がある場所がクマの行動域にある場合は、ほぼ確実にクマが周回してきます。サケの仲間が定常的に遡上してくる河川、普段から魚影が非常に濃い渓流や湖岸などは人間でさえ匂いで分かる程ですが、こちらもクマの行動域にある場合は周回ポイントになります。
また鹿やカモシカなどの死骸がある場所を見つけた場合は、それがクマの獲物であろうがなかろうが、必ず周回してくるだけでなく、ヒグマの場合は保存するために「土まんじゅう」を作ります。昼間であっても絶対に回避して、できれば引き返してください。
餌場となっている場所・・・人里
放棄された集落に残る果樹林や畑、農作物を廃棄して堆肥を作っているコンポスト、刈り取った作物を積み上げている場所がクマの活動域にある場合は、高い確率でクマが様子を見に周回してきます。
また、自然が豊かな地方では自然と人里がどうしても入り込んでいますので、クマの好物であるデントコーンの畑が森に隣接している場所などもあります。他のルート条件と重ねてクマの回遊予測を立ててください。
上記のエリア近くのクマ休憩宿泊ポイント
1日に何十キロも移動し続けることもあれば、目的の場所の近くに何日も居座り続けることもあるのがクマ。上記にあげたエリアで、藪になっている場所や作物が実っている場所の一部分が不自然に楕円形に平べったくなっている場所がある場合はそこがクマがゆっくり過ごす休憩宿泊スポットになっていることがあります(イノシシや鹿の場合もあるので一概に言えません)。
「熊棚」といってクマが餌となる実がなる木の上に登り、食べ終わった枝を敷き詰めて巣のようなものが出来上がっているものがある場合は、ほぼ確実にクマが様子を見に戻ってきますので要注意です。
クマの気配とサイン
警戒しながら茂みの中や障害物の影でじっとしている時のクマは、全く音を出さず、気配も殺すので気づくことは至難の技です。しかし、匂いや痕跡を隠すことはできないので、これらを手掛かりにすることができます。
ちなみにクマの匂いは表現に個人差があるので一概に言えませんが、私の場合は、アメリカ・クロクマ、ツキノワグマ、ヒグマ全て「牛のようなムッとした臭さの中に甘い香りまたは海藻のような生臭さが混ざる」です。甘い香りは果実や木の実、海藻のような生臭さは遡上してきたサケマスを食べている時になります。こればかりは実際に体験して学習しないとなりませんが、鹿やイノシシとは完全に違う匂いです。その匂いが強ければ強いほど、クマが近くにいるか、それだけ長い時間その場所にステイしていたことになりますので、警戒レベルを上げる必要があります。
クマの糞がフレッシュな場合は、通り過ぎてから時間が経っていません。
さらにクマが近くにいる場合、「オゥ〜・・・」と言う喉を鳴らす唸り声が聞こえたり、「ホフホフ・・・」と言う息遣いが聞こえることもあります。時によっては高い音と低い声が混ざって、中年男性の呼び声のように聞こえることもあります。
クマは気配を消すために声のボリュームをコントロールするのが上手いのですが、唸り声はコントロールできないのでどれだけ先にいるか見当をつけることができます。息遣いの方は、小さく聞こえていても驚くほど近くにいることがあるので絶対に近づいて行かないでください。
また子熊の鳴き声は人間の赤ちゃんのような鳴き声なので、ついつい助けてあげようと声の方へ近寄って行ってしまいますが、母グマへコールしている声ですので、慌てずに声がする方から離れてください。
クマの排除行動:警戒と威嚇
クマは自分が執着しているテリトリーへ人間が入ってきたり、子熊の安全を守るための安全圏が侵されたりすると、排除行動といって邪魔な相手を追い払おうとします。
この時に警戒音と呼ばれる音を出してきます。唸り声から吠え声に変わる準備をしているためだからだと言われていますが、「ホフホフ」に喉の声が混ざって「カフカフ」さらには「ガフガフ」と言う警戒音を出し始めます。
これが相手に聞こえてもらえない場合は、地面を「ボーン」や木を「パーン」と叩いたりして自分がいることをアピールしてきます。
また、わざと自分の体臭が相手にわかるような位置へ移動したりしますが、それが効かないとなると自分の姿を相手に見せつけて様子を見たり、立ち上がって警戒行動をとってみたり、相手との戦いに備えて有利な地形に回り込むような準備行動を取ったりします。
クマのチャージ:ブラフチャージと本チャージ
クマが相手を攻撃する前の段階では、チャージと呼ばれる「これからお前を攻撃するぞ!」という意志を込めた突進をしてきます。相手が強い動物かどうかを試すために途中で止まって反転する威嚇行為を「ブラフチャージ」と言いますが、排除行動から長い時間が経っても相手が立ち去らない場合、すでにブラフチャージしているのに相手が立ち去らない場合、何かしらの原因で人間に恨みを持つクマの場合は一気にチャージしてきて攻撃に移ります。
まとめと続き
現時点での最新情報や経験談、各地のガイドなどのプロからの意見を聞いてこの記事をまとめるのに2年近くかかってしまいました。いい加減なことは書けないということ、またさらに進化した方法が見つかり次第アップデートします。
「回避する」ことこそ、クマにとっても釣り人にとってもお互いに利益がありますので、可能な限り遭遇を避けて安全にベアーカントリーで過ごすようにしましょう。
この記事のメンバー
少年時代からボーイスカウト、山岳部、森林活動、釣り、ハンティング、キャンプ、カヌーなどの活動を通してクマという生物に対してある程度の理解があると思っていたエド。気候変動のインパクトがじわじわと効いてきた中でクマたちが住む森の状況も大きな影響を受け、人間の活動の縮小によって、クマたちの活動域の拡大が北海道・本州でも一気に広がり、過去最大のヒト・クマ一触即発状態となるなど夢にも思いませんでした。長野や宮城でのツキノワグマやニューヨーク在住時代のアメリカクロクマとの遭遇、OSO18に揺れる2020年に北海道標津でフライフィッシング中に巨大なヒグマに遭遇して、きちんとした知識を伝えようと決意。
長野県で山ガイド・釣りガイド・昆虫ガイドとして森に通い続ける中で、クマとの折り合いをつけながら日々を暮らしているイマニー。クマの行動パターンや状況をエドと情報交換しています。